今年は、バリアフリーへの思いを、特にバリアフリーの旅への思いを、英文ブログにしてみることにしました。ハワイの日系人でご夫婦で旅行社を営んでいるSonyaの提案によります。折角の思いを世界に発信してみたら、それには英語のブログが必要だというわけです。世界中の方々に読んでいただくのにあまり間違った英語ではいけないと思って、Webで添削してくれるサイトを見つけて、始めました。日本語でもなかなか更新できないので、今後どのくらい頻繁に更新できるか甚だ自信はありませんが、ご興味がおありの方にはご覧いただきたいと思います。内容は日本語で書くものと似通っていますが、海外の方々に詳しく説明しないとわかっていただけないと思う個所は少々しっこく書くことになるでしょう。下記のサイトです。
http://fujimonica331827.blogspot.com/ よろしくお願い致します。
新年明けましておめでとうございます。 今年は東北が復興し、日本中、いえ、世界中が明るい幸せな年となりますよう心よりお祈りいたします。
2011年末、12月のホノルルマラソンの10キロレース・デイ・ウォークにおととしと同じく車いすのSさんとご一緒に参加しました。このツアーはH社の「旅なかま」というバリアフリーの旅企画で、今回は車いすでフルマラソンや10キロウォークに出る方々、自閉症などの障がいをお持ちの方とそのお母さま方、私のようなトラベルサポーターたち、添乗員さんの合計19名のグループです。出発前の雄姿をご覧ください。 ![]() 今回は、前年2010年のパンクに懲りて、Sさんは、スペアのチューブを用意し、私は車いすクリーニングのボランティアでタイヤ修理の方法を沢山学んで、修理用の工具や携帯空気入れも買いそろえて参加しました。こうして準備を万端整えておくと不思議と何も起こらないのですね。今回はハワイ大学の学生さん男女一人ずつ、ついて下さったので、私自身が押す距離も短くて、とても楽でした。時間も短縮できて快調でした。10キロウォークの内容は去年ブログに書いたものと同じなので、翌日のフリータイムでどんなふうに過ごしたかをお伝えしましょう。 2010年のフリーデイは車いすも乗れる路線バスでノースショア―まで往復しましたが、今回はSさんがシルバー細工のスタジオで指輪作りに挑戦したいと言うし、私も興味があったのでハワイの日系の知り合いに調べてもらいました。 観光ルートでないドライブ 親切な日系人のSonyaさんがホテルまで迎えに来てくれて、Sさんの車いすも彼女の車に積み込んで出発。Sonyaさんのご主人はホノルルで旅行社を経営していて、一昨年の秋、Sonyaさんが日系人のグループを日本に連れてきたとき、私がガイドをして以来の知り合いです。時間まで少し余裕があるからと言って観光ルートではない地域を案内してくれました。オバマ大統領の生家や通っていた小学校、プロテスタントやカトリックの教会、その付属校、障がい者や高齢者の施設があちこちにある地域です。Sonyaさんはボランティアでこれらの施設によく来るそうですが、今日は残念ながら時間が足りないので、前を通り抜けただけでした。閑静な住宅街のそこここに緑に囲まれて点在しているこれらの建物は外から見るだけでもとても居心地がよさそうです。次回はホノルルマラソンに参加している他の仲間と一緒にこれらの施設を訪ねて交流もできるといいなと思いました。 Sonyaさんはこの住宅街の中の自分の家にも連れて行ってくれました。瀟洒な平屋でユッタリとした広さのあるリビングやお台所は日本の住宅事情では考えられない贅沢さです。ご主人も日系人で、お部屋の掛け軸や庭の石灯籠も日本的。静かで本当に理想的な住環境です。 ![]() 自宅前のSonyaさん すっかり気に入って「私もハワイに住みたいわ」と思わず言ってしまいました。 ハワイで指輪作り そのあと、また、Sonyaさんの車に乗せてもらって、Hawaiian Jewelryの工房へ。オーナーでインストラクターの韓国人の美しい女性が待っていてくれました。工房は二階でエレベーターがないので心配しましたが、Sさんは頑張って階段をゆっくりゆっくり一段ずつ登って上に到着。車いすはSonyaが手で担いで持ち上げてくれました。 純銀の板を切り取る作業から始まりました。本当にシンプルな指輪なのですが、初めての私たちにとっては難しい。サイズに合わせて作ります。糸のこも、金づちも工具そのものの扱いが初めてなので四苦八苦です。 ![]() Sさん(右)とインストラクター 二時間かけてやっと指輪ができました。教授料一時間25ドル×2で50ドル、材料費15ドル計65ドルでした。辛抱強く親切に指導して下さった先生のおかげで出来ました。貴重な体験ができました。 その間、親切なSonyaは私たちの作業を見守ってくれて写真を撮ってくれて、待っていてくれました。また急な階段をそろりそろりとSさんは降りて、今度は私が後ろから車いすを運んで、無事一階へ。Sonyaがホテルまで送り届けてくれるのに甘えました。本当にご親切です。とてもありがたかったです。 <念頭に思うこと> ADA法とインバウンド・バリアフリーの旅 Sonyaさんとは、今回も障がいのある方の旅についていろいろと話しました。アメリカは1990年にADA(アメリカ障害者法)の制定以来、障がいによる差別を禁止してきましたが、旅を企画するアメリカの旅行社としてはあまりの厳しさに逆に障がい者の旅の企画がしにくくなっているようです。日本の障がい者の旅は、交通機関や施設の改善でかなりバリアフリーになってきていると話をしても、あまり信じてくれません。彼女は旅行社として日本へ何度も来ていてもバリアフリーの旅の経験をしていないので車いすの人たちが移動の多い旅をするなんて考えられないというのです。私の経験だの知る限りの話をして、バリアフリーのインバウンドの旅(海外からの障害のあるお客さまの日本での旅)を進めることを私のライフワークにしたいと考えていると言いました。そして私の知り合いの障害のある方々がどんなに旅を楽しんでいるかを話しましたら、やっと本気で話を聞いてくれるようになりました。そして、英語で検索して読めるようにブログも、英語で書きなさいといってくれるようになりました。さあ、これからが大変になることでしょう。海外でも読んでくれて車いすで日本へ行って見ようと思ってくれるようなものを書かなければ。それと合わせてまず、アメリカのADAをもっと研究しなければと思います。そしてその他の国々の障がい者のための法律も。もっと若いうちに始めればよかったと今更後悔しても間にあいません。出来るだけのことをするしかありません。みなさまのご支援をよろしくお願い致します。
6月中旬に、東北の支援ボランティア三回目に参加いたしました。前回二回は障害者や高齢者の旅支援をする仲間たちと一緒でしたが、三回目は通訳案内士(通訳ガイド)連盟が企画したボランティアのグループに参加しました。海外のお客さまが大震災以来ぱったりと来て下さらなくなったので私たちガイドは開店休業の状態。その間研修など頑張っていますが、みんなでボランティアに行かないかということになったのです。
いつも私たちガイドを使ってくれる旅行社が足だの宿だの現地の活動団体だのを紹介してくれて、バス一台仕立てて二泊三日で石巻へ行きました。宿泊先は松島の宿。寝袋でのボランティアとは程遠い、恵まれたというか贅沢なボランティアでしたが、日中は瓦礫の片づけとヘドロすくいをして土嚢に詰めるという本格的な肉体労働です。装具も、ヘルメット・金具の入った中敷き入りの安全長靴・防塵マスク・厚手のゴム手袋などをホームセンターで買いそろえて行きました。 最初の日は硯やスレート瓦の生産で有名な雄勝町。入り江に面した部落の家々はほとんどが津波に流されて土台だけになっています。その瓦礫の片づけ。瓦礫の中からガラスをより分けて危なくないように土嚢に詰めているうちに、家庭用の金庫から飛び出した土地の登記書や保険証書を見つけ出した時はその持ち主の方がとても喜んでくださいました。水を含んでずぶずぶになっていても、とにかくまだ書いてある字は読めたので。 二日目は石巻市内の道路沿いの側溝に詰まったヘドロのかきだしと道路の清掃でした。側溝にあふれているヘドロはそのにおいたるや大変なものです。テレビで報道される被災地の映像は四角く切り取られた形ですが、実際に現場に立つと180度視界に入るものが全て荒廃した瓦礫の山であるうえに、テレビでは決して伝えられないこのにおいは視覚では想像できないものです。被災された方々は、この中で生活していらっしゃると思うと言葉もありません。改めて、大きな衝撃を受けました。 物見遊山の気持ちで行ってはいけないと百も承知、肝に銘じて行きましたが、みんな、このことを体感するべきだと思いました。こんな悲惨なことが、私たちの国で起きたのだということを生涯心に刻みつけ決して忘れてはいけないと思います。そして一人一人が出来ることをして、長いスパンで被災された方々を支援しなければと心に誓いました。 ![]() でも、この一輪のかれんな菖蒲の花が瓦礫の中で咲いているのを見つけた時には、ほっとして嬉しくて、しばし、じっと座りこんで眺めていました。やたらに写真を撮るのは被災された方々に失礼なので、極力さけていましたが、これだけはとっておきたいと思い、シャッターを切りました。自然の脅威に恐れおののくと同時に、それでもこうして野の花が生き残るのを知ると、やはり人間の力よりも遥かに大きなものがあると頭を下げます。
「お元気でした?ブログがあんまり更新されてないので、病気でもしていらっしゃるのじゃあないかと心配でお電話しました」生協パルシステムの情報誌『のんびる』リポーター時代のお仲間のSさんの声!わー、恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいでした。私のブログなんて誰も読んでくれないだろうと自虐的な気持ちと、怠け始めたら書くのが億劫になってしまったのとで、三か月以上も更新していなかったのです。その間、書きたい材料はいっぱいあったのに。
Sさんの他にも、もしや、私の拙いブログを見てくださっていらした方があったとしたら本当に申し訳ありません。今後、心に響くことがある時には、一生懸命書くように頑張ります。お見捨てなくお目通しいただければ嬉しいです。 本当にごめんなさい。
宮城蔵王に被災された方々をお訪ねする時、東北道をバスで行きました。そして福島と宮城の境目にある国見サービスエリアで休憩した時、外国人の集団がいるのに気付きました。ガイドという仕事柄、今この時期に観光客が東北に来てくれたのかな?と思い、興味を持って声をかけてみました。
「テネシー州から来たのよ、みんなで七人よ」と大柄な女性。愛想のいい典型的なアメリカ人です。そのグループの代表の男性が、「自分たちはバプティストで、教会のメンバーで集まって岩手に支援に行く」と説明してくれました。昨日東京で一泊してこれから岩手で一週間、泥の搔き出しのお手伝いをするそうです。 日本人として心から感謝しました。はるばる遠い海外から支援に来てくれたと思うと、日本人を代表してお礼を言わずにいられないと何度もお礼を言いました。 今回の大震災の支援に海外からも実に多くの方々が助けに来てくださっていることは、メディアを通じて知っておりました。でもこうして実際に支援活動に来てくれた方々にお会いしてお話しするとなんてありがたいことと、ただひたすら感謝の気持ちでいっぱいです。 ![]()
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